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春の日帰りバス旅行

  • 執筆者の写真: misonopia aichi
    misonopia aichi
  • 4 時間前
  • 読了時間: 3分

ご入居者様 ご家族様 

 

~私のつくる真珠は、人の涙の結晶です~

 

 みなさんには、海の宝石『真珠』の思い出はあるでしょうか?

きっと、喜ばしい話だけではなく、悲しい思い出もあるかもしれません。

 

この度、4月日帰りバス旅行の候補地として、三重県鳥羽市『 真珠島 』に下見に行ってきました。

ご存じの方が多いとは思いますが、日本が誇る真珠養殖の発祥地、ミキモト真珠島です。

 

自分にとっては、“三重県”も“鳥羽市”もすべてが初めて尽くしですが・・・

『真珠島』には、「男のロマン」「女の努力」「美しい海」そして、それらを大切に継承されていらっしゃる人たち

すべてに感動しました。

気さくな駐車場の管理を担当している方、島までかかる橋には雨除け、風よけの配慮がされていて、この島を

設立された大きく堂々としている創業者 御木本 幸吉 銅像。何と言っても、きれいな海に囲まれています。

 

しばらく海を眺めていましたが・・・神奈川県 “湘南”の海とは違い、真珠島の海は「はたらく」海です。

“真珠”にまつわる深い歴史や技術を、真珠博物館での展示で学びました。

そして、「海女さん」たちが実際に海に潜り、貝を採取する様子を間近で見学することができます。

そうです、この島全体が真珠産業の発展を象徴されており、創業者の情熱が伝わってきます。

創業者が成功した養殖真珠は、当時の宝飾産業界に革命をもたらし、その後の産業の成長を促進されたとのことです。伊勢志摩の人々のために真珠養殖という事業に全力で取組、質素倹約を旨とし、地域発展に大きく貢献された偉人です

 

創業者 御木本 幸吉(みきもと こうきち)

安政5年1月25日(1858年3月10日)- 昭和29年(1954年)9月21日(96歳)

 

1858年 - 1954年とは・・・

安政の大獄(1858年)そして、日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦、関東大震災、敗戦、朝鮮戦争、サンフランシスコ平和条約、そして、第五福竜丸が被爆した1954年にご逝去。このような時代の中、100年近く生きるという凄さにも驚きです

そのなかに、二宮金次郎(尊徳)さんを尊敬されていらしたとのことにも感銘を受けました。

なんといっても二宮金次郎さんの銅像は、ミソノピアホームロビーにもあり、職員向け“リーダー会議”の

最終ページには、「報徳の精神」の一部が記載しております。

そのようなこともあり、ますます、この創業者、そして“ミキモト真珠島”すべての魅力に惹かれました。

 

いかがでしょうか?

 

4月 春の日帰り旅行先『 真珠島 』で美しい海を眺め、美しい真珠の思い出話をしませんか?

創業者は、「世界中の女性の首を真珠でしめてごらんにいれます」と明治天皇の前でおっしゃったくらいです。

 

2026年3月10日 廣井健吉

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