春の日帰りバス旅行
- misonopia aichi

- 4 時間前
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ご入居者様 ご家族様
~私のつくる真珠は、人の涙の結晶です~
みなさんには、海の宝石『真珠』の思い出はあるでしょうか?
きっと、喜ばしい話だけではなく、悲しい思い出もあるかもしれません。
この度、4月日帰りバス旅行の候補地として、三重県鳥羽市『 真珠島 』に下見に行ってきました。
ご存じの方が多いとは思いますが、日本が誇る真珠養殖の発祥地、ミキモト真珠島です。
自分にとっては、“三重県”も“鳥羽市”もすべてが初めて尽くしですが・・・
『真珠島』には、「男のロマン」「女の努力」「美しい海」そして、それらを大切に継承されていらっしゃる人たち
すべてに感動しました。
気さくな駐車場の管理を担当している方、島までかかる橋には雨除け、風よけの配慮がされていて、この島を
設立された大きく堂々としている創業者 御木本 幸吉 銅像。何と言っても、きれいな海に囲まれています。
しばらく海を眺めていましたが・・・神奈川県 “湘南”の海とは違い、真珠島の海は「はたらく」海です。
“真珠”にまつわる深い歴史や技術を、真珠博物館での展示で学びました。
そして、「海女さん」たちが実際に海に潜り、貝を採取する様子を間近で見学することができます。
そうです、この島全体が真珠産業の発展を象徴されており、創業者の情熱が伝わってきます。
創業者が成功した養殖真珠は、当時の宝飾産業界に革命をもたらし、その後の産業の成長を促進されたとのことです。伊勢志摩の人々のために真珠養殖という事業に全力で取組、質素倹約を旨とし、地域発展に大きく貢献された偉人です
創業者 御木本 幸吉(みきもと こうきち)
安政5年1月25日(1858年3月10日)- 昭和29年(1954年)9月21日(96歳)
1858年 - 1954年とは・・・
安政の大獄(1858年)そして、日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦、関東大震災、敗戦、朝鮮戦争、サンフランシスコ平和条約、そして、第五福竜丸が被爆した1954年にご逝去。このような時代の中、100年近く生きるという凄さにも驚きです
そのなかに、二宮金次郎(尊徳)さんを尊敬されていらしたとのことにも感銘を受けました。
なんといっても二宮金次郎さんの銅像は、ミソノピアホームロビーにもあり、職員向け“リーダー会議”の
最終ページには、「報徳の精神」の一部が記載しております。
そのようなこともあり、ますます、この創業者、そして“ミキモト真珠島”すべての魅力に惹かれました。
いかがでしょうか?
4月 春の日帰り旅行先『 真珠島 』で美しい海を眺め、美しい真珠の思い出話をしませんか?
創業者は、「世界中の女性の首を真珠でしめてごらんにいれます」と明治天皇の前でおっしゃったくらいです。
2026年3月10日 廣井健吉




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