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「コトバの力」― 言葉にならなかった声に耳を澄ませて ―

  • 執筆者の写真: misonopia aichi
    misonopia aichi
  • 1 日前
  • 読了時間: 5分

ご入居者様 ご家族様 

ボクシングスポーツの中で、もっとも「KO率」が多いパンチは、じわじわ効いてくる“ボディブロー”とのことです。

では、24歳から万年“施設長”の自分にとってじわじわ効いてくるのが「退職」です。

大切な仲間が、なんらかの理由で退職をするというのは、去っていく人も、残る人も、じわじわ効いてきます。

退職理由は「給与への不満」という理由ではないことの方が多いのです。

退職者の声にはならなかった“本当の声”は、「人間関係」ではないだろうか?

「なぜ辞めたのか」よりも「どうして辞めようと思うまで。誰にも言えなかったのか」と自分自身に何度も何度も問い直すのです。

『心理的安全性の低い職場で、自分の意見を言えなかった』という組織風土の諦めや、『職場で“孤立している”と感じていた』

・だれが、いちばん孤独だったのか

・どんな言葉をのみこんでいたのか

・誰か、“気づいていなかったのか”“なぜ、動けなかったのか”

人が辞めるのは、一つの理由ではないようです。

本人ですら“言語化”できないまま、蓄積していく「小さな違和感」の連続ではないでしょうか。

 

次の項目で3点調べてみました

①   【職場の人間関係を壊す人の典型的な特徴】

・自分の利益や評価を最優先し、他人を駒のように扱う

・ルールや約束を平気で破り、責任は他人に押しつける

・陰口、噂話で人間関係を操作し、対立をあおる

・特定の人を無視したり、仲間外れにするなどモラハラ的な行動をとる

・感謝や労いの言葉が少なく、他人の成果をおとしめす

②   【人間関係が悪い職場の代表的な特徴】

・陰口、噂話が多く、誰かの悪口が日常化している

・無視、仲間外れ、派閥があり、孤立する人が出やすい

・上司のパワハラ、モラハラなどハラスメントが放置されている

・挨拶、“報告”“連絡”“相談”が少なく、必要最低限の会話しかない

・退職者が多く、人がすぐ辞めていく

 

では、反対に“職場のよい人間関係”とはどんなものなのでしょうか?

③   【よい人間関係の職場の主な特徴】

→互いを尊重し安心して意見や相談ができ、助け合いながら仕事の成果にもつながっている状態である

  心理的安全性があり、上司や同僚とのコミュニケーションが円滑で、公平な評価や感謝の言葉が日常的にある職場

  ・お互いを尊重し、否定や人格攻撃が少ない

  ・意見や、報告、連絡、相談がしやすく、情報が共有されている

  ・上司、同僚が感謝やねぎらいの言葉をよく伝える

  ・失敗を責めず、原因を一緒に考える文化がある

  ・役職や年齢に関係なく、挨拶や声かけが自然に行われる

この度、自分が信頼しているスタッフが退職します。涙ながらに「逃げたいのです・・・」と一言。

この言葉を聞いた翌日、神奈川県の帰省期間となりました。

ずっと、モヤモヤした気持ちいっぱいで、運転やら犬の散歩やら・・・。

 

日頃、テレビを見る時間は夜でして“晩酌”とともに時間が過ぎていきますので、翌日の朝になるとテレビの内容などは覚えていないことが多いのですが、この度、昼間の時間帯に神奈川の自宅にてひとり留守番をしているとNHK教育テレビ「100分de名著」にて『新約聖書 福音書』の再放送が流れ膝の上に愛犬をのせ、

ぼーと観ていました。

 

番組内では、永年に渡り「福音書」を読み続け、自らも糧としてきた批評家の方が現代の視点からわかりやすく解説しています。批評家の方によると「福音書」は信仰者のためだけの書ではなく、万人に開かれた書だといいます。一見すると信仰者にしか関りのないような奇跡や神秘的な出来事の描写も、文字を追うのとは別な

もう一つの目を見開いて読むと、言葉の奥に隠された深い意味が浮かび上がってくるとのことです。

それは、それぞれが「私自身のイエス」に出会う体験であるともいえます。そのように読むと「福音書」は

人生を支えてくれる書となるとのことです。

その生涯を通じて、弱きもの、小さきものに徹底的に寄添い、近づくことをためらう人々の元へこそ出向いたイエス。彼の言葉と行為は、私たち現代人にとってどんな意味をもつのでしょうか?「福音書」を万人のために開かれた書であるととらえる視点から、生きることそのものを導いてくれる巨大な書にに込められた深い意味を読み解いてくれた内容です。

4回の番組構成となり、タイトルのみをご紹介させていただきます。

第1回 悲しむ人は幸いである         第2回 魂の糧としてのコトバ

第3回 祈りという営み、ゆるしという営み   第4回 弱き者たちとともに

無宗教の自分が、その中でも共感したことが・・・・

【批評家解説】

「コトバ」というカタカナ表記を用い始めたのは、井筒俊彦さん(言語学者、哲学者)という人で、私たちは

いわゆる言語、文学や声になる漢字の「言葉」だけではなくて、いろいろな意味の表れというものを感じながら、あるいは用いながら生きているのではないでしょうか、ということを言った人です。

例えば、画家にとって「色」が“コトバ”で、音楽家にとって「旋律」が“コトバ”であり、落語家にとっては、「間」が“コトバ”です。

我々は、実はさまざまな“漢字の言葉”以外の“カタカナのコトバ”というものを感じています。

“漢字の言葉”とは事実を伝えるのにとても適しています。

しかし、“カタカナのコトバ”というものは、事実を包み込むような『真実』まで伝えます。

みなさんに聞いていただきたいのは・・・・自分自身の人生経験です。

自分の人生で読んでいく。やはりその経験が「福音書」と出会う場所をつくってくれるということではないでしょうか

という話がありました。

“行間を読む”文字と文字の間に意味を感じる そして、文字を超えようとする文字を読む

 

「人が辞める」という出来事の裏には、言葉にならなかった“本当の声”が隠れているのでしょう。

「何かあった?」と、ひと言かけることができなかった自分には痛いくらいに伝わってきました。

 

2026年7月10日 廣井健吉

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