ミソノピアの風に漂いながら
- kaminn1117
- 11月21日
- 読了時間: 3分

エッセイ
ココロはカタチをつくる
kamunn(入居者)
ココロ(精神)はカタチ(容姿)をつくる
これは私が30代のとき会社の先輩が朝礼で話された忘れられない言葉だ。
その日から四半世紀が経ち傘寿の坂を半ばにさしかかった私は、身体のあちこちに幾つかの病巣があるに違いないが、あえて知らぬフリをしていることが「健康法」としているが、これとて時間の問題だろう。
顔だって年相応に老いてくる。
このごろはアンチエイジングと称して、年より若く見られることがもてはやされる傾向があるが、首を捻りたくなることが多い。

昭和のよき時代に持てはやされた芸能人が、後期高齢者の年齢をとっくに超えているのに、あのときのまま(に近い?)の容姿をこれ見よがしにしている姿は好みではない。
若い女の子が写真加工アプリで宇宙人のような目玉をしてどこがいいのか。
昭和に生まれ育った私には「夜目遠目傘の内」の諺(ことわざ)のような女性の佇(たたず)まいに、見た目を超えた精神性の美しさを見る。
女優の厚化粧はその仕事柄百歩譲るにしても、若い芸能人の男性が化粧をして女性のような品(しな)をつくっている姿には寒気がして、テレビのチャンネルを変え、雑誌のページを飛ばしている。
「男は黙ってサッポロビール」のCMの時代に育った私にはまさにこの世の終わりに思えてしまう。
本題に戻ろう。
夏目漱石の40半ばの顔にいたっては、いい意味での化け物だと考えていたが、大正時代の平均寿命は44歳とあるからには、彼はもうお爺さんであったか。それにしても深い精神性に年輪を重ねた実にいい顔であった。

夏目漱石と同様に歳とともに自身の顔に年輪を重ねていった白洲正子(故人・随筆家)は忘れられない。
白洲正子は加齢とともに美貌を削ぎ落として、精神の成長を糧にして歳相応の顔に創り変えていった。




ここでどうしても登場してもらいたいのが「ピカソ」である。
といっても「写真」ではなく彼が自身を描いた「自画像」である。
一枚は20歳のときに描いた「青の自画像」で、もう一枚は90歳で描いた「最後の自画像」だ。
「青の自画像」はピカソ青の時代の幕開けをつげる傑作であるが、彼の顔は20歳にしてすでに人生を達観したかのように老熟している。
ところが死の前年90歳に描かれた「自画像」はまるで幼児還りをしたかのような絵に到達しているのである。(私はこの絵を名古屋で観ていた)
いったいピカソは90年間の生涯のなかで人格を形成していくような時空はもてなかったのか。ではいったい人格とは何なのか。
生涯無宗教をとおしたピカソは最後の自画像であたかも「神への挑戦」をラストメッセージとしたのだろうか。


⇒
90歳の自画像
20歳の自画像
当然のことだが「カタチ」とは顔のことではない、その人が醸し出す全身的な佇(たたず)まいであることは言うまでもない。
ピカソの最晩年の自画像の評価は人それぞれだが、私の敬愛してやまないW先生がその自画像を指して「私に似ている」とおっしゃった。
私は自身のココロの底に蠢く精神のヘドロのカタチをみごとに見抜かれていたのだ。
ここにきて私はこのエッセイの題目に自身のことを棚上げにしていたことに気づかされてもいる。
※ページ冒頭の写真は生涯無宗教をつらぬいたピカソが15歳のとき描いた宗教画
「科学と慈愛」




すっぴん"(-""-)" がいちばん(o^―^o)ニコ
そのひとらしさって・・・・“しぐさ”にでますよね
“しぐさ”に惚れちゃう(#^^#) ことってありますよね(⋈◍>◡<◍)。✧♡