ミソノピアの風に漂いながら
- kaminn1117
- 8月13日
- 読了時間: 4分

エッセイ
時代おくれ
kaminn(入居者)
最近はあまり本を読まなくなった。
本だけのことではない。いろいろとやることはあるのだけれど、たいしたことは何ひとつしてないのに疲れ果てて床につき夢の中へと入ってゆく日々がつづいている。
で、本を読まなくなったことに気づき、つい先ごろ珍しく「イマドキ」のミステリー小説を2冊買って読み始めたはいいが、そのストーリーのテンポの速さとプロットのややこしさについて行けず訳も分からないまま読了し、残りの1冊は読む気がしなくなって積ん読状態になっている。
それは最近の歌番組でもおなじことが言えて、まさに早口言葉のようなテンポの速さに歌詞が聴き取れず、歌っているのか踊っているのか? 訳の分からないままテレビのチャンネルを変えている。
だからイマドキの歌番組は一切見聴きしないことにしている。

このエッセイのタイトルの「時代おくれ」は昭和の名曲「あの鐘を鳴らすのはあなた」を世に送り出した作詞阿久悠・作曲森田公一のコンビの曲で、「酒と泪と男と女」を歌った河島英五(48歳没)が歌っていた。
表立って歌われた歌ではなかったが、これだって知る人ぞ知る名曲である。
私はこの館に入って歌う機会が増えたが、歌が上手いとも声がいいとも思ったことは一切ない。ただ「昭和歌謡」のよき世界を聴き手と共有したいだけなのだ。
いま「昭和歌謡」のよさが見なおされている。
親しみやすく、誰もが口ずさみ、心に深く響く歌詞に、聴き手が物語を共感し、アナログ的なサウンドと共に暗く貧しかったあの日の望郷・恋慕の世界へ独り連れて行く「非社会性」の世界なのだ。
それは「さあ! 君は独りじゃないんだ。私たちと手を取り合って進もう」という社会性を押し出した「今風の歌」ではない。
以前テレビで超高齢の知的女性芸能人が今時の歌を得意気に口ずさんでいた歌に驚いた。
♪うっせぇうっせぇうっせぇわ
♪うっせぇうっせぇうっせぇわ


「時代おくれ」とは時代の流れに合わなくなった人が昔の生き方や考え方に固執する様子を批判するような使われかたをしているが、私はむしろそのような生き方をポジティブに捉えている。
先日。ミソノピアの職員から「頭の整理には紙に書かないと見えないので、アナログ的ですが未だに書き物を大切にしています」というメッセージをいただいた。
デジタル時代の目先の便利さに踊らされずに、アナログという「時代おくれ」にこそ普遍性(考えや価値観が広く受け入れられる)が宿るのだ。
私は文章をパソコンで入力しているうちに、漢字を自動変換してくれるパソコンにかまけて、手書きで書けない漢字がとても多くなってしまったことに驚かされている。
いま私は文字を手書きにしたり本も読みはじめた。
私たちはこれから、AIを始めとするIT(情報技術)の進化で、目先の便利さと引き換えに「人として大切なもの」を喪おうとしているのではないか。
私は昭和に生まれ、昭和に育つたことを人生の宝物と感謝しているが、世の中を見渡すと人類も地球環境もおかしくなっていくばかりで、この先の時代に生まれ育ち、また暮らす人たちのことを考えると悦んでばかりにはおられない。
もし私に今還りたい場所を叶えてくれるなら、昭和の暗く哀しく貧しくても「温もりのあった場所」に戻りたいと考えている。
その夢は叶わない場所だけれど、私の心の底ではいつも温もりのある光景を灯し続けていてくれる。
私はこの先もずっと「時代おくれ」の人間で生き続けるつもりだ。



昭和の日。
少年の私に、
まだ28歳だった手塚治虫から届いた葉書。
「参考/時代おくれ・歌詞2番」
不器用だけれど しらけずに
純粋だけど 野暮じゃなく
上手なお酒を 飲みながら
一年一度 酔っぱらう
昔の友には やさしくて
変わらぬ友と 信じ込み
あれこれ仕事も あるくせに
自分のことは後にする
ねたまぬように あせらぬように
飾った世界に流されず
好きな誰かを思いつづける
時代おくれの男になりたい
ありがとうございます♪ 同感していただき元気を貰いました、 秋のイベントタノシミ~
まるっきり同感です( `ー´)ノ
秋のナイトクラブのテーマを決めました♪
『ザ・昭和:やっぱりいちばん♪ヒットパレード』(^^♪
みなさんで、昭和の歌を披露し合いたいです
もちろん、“瓶ビール”に“柿の種” で乾杯(#^^#)
・・・・ぼくは、夕焼け空に、黒いランドセルと赤いランドセルを地面に放り投げ
『あの子』と二人乗りしたブランコ。
あの時代に帰りたいなぁ~